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金沢地方裁判所小松支部 昭和52年(ワ)21号 判決

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

(主位的請求の趣旨)

被告は原告に対し金一、五一六万九、〇〇五円及びこれに対する昭和五一年一〇月二八日より支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

(予備的請求の趣旨)

被告は原告に対し金一、五〇〇万円及びこれに対する昭和五一年八月二八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

二、被告

(主位的並びに予備的請求の趣旨に対する答弁)

いずれも主文同旨の判決

第二、当事者の主張

一、請求原因

(主位的請求原因)

(一)、被告は農業協同組合法に基き設立された法人で、預金の受入れ及び資金の貸付等の事業を行うものである。

(二)、原告は、昭和五一年八月二七日、被告に対し、金一、五〇〇万円を利率年六・七六パーセント、期間二ケ月間(但し、自動継続)の無記名定期預金とすべく、被告本店事務室において、被告組合の会計担当参事訴外表富夫(以下表参事という)を介し、被告の当時の組合長の訴外武林重明(以下訴外武林という)に交付し、訴外武林は即時右承諾してこれを受領した。

よつて、右同日、原、被告間において、右無記名定期預金契約(以下本件預金契約という)が成立した。

(三)、原告は、同年一〇月二六日、被告に対し右預金契約を満期をもつて解約する旨の意思表示をなし、右意思表示は即時被告に到達した。

(四)、よつて、原告は被告に対し、右定期預金元本金一、五〇〇万円とこれに対する右預金した日の翌日から満期日までの約定利息金一六万九、〇〇五円と右合計金一、五一六万九、〇〇五円に対する昭和五一年一〇月二八日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(予備的請求原因)

仮に、原、被告間に本件預金契約が成立しなかつたとすれば、原告は予備的に被告に対し、左の損害賠償債権を有する。

(一)、原告は、前記の如く、昭和五一年八月二七日、被告本店において本件預金契約をなし、現金一、五〇〇万円を訴外武林に交付し、同人がこれを受領したものであるところ、同人はその無記名定期預金証書(以下本件預金証書という)を原告に交付せず、これを被告において預ると称し、右証書にかえて被告組合長武林重明の署名、押印のある定期証書預り証を原告に交付した。

(二)、しかるに、原、被告間で右金一、五〇〇万円につき本件預金契約が成立していないとすれば、訴外武林が預金者を原告とする右定期預金契約を成立させるようにみせかけて、原告から金一、五〇〇万円を詐取したか、さもなければ、右預金のため原告から預つた同金員を不法に横領したものである。

(三)、訴外武林の右行為は被告の組合長たる理事として、その職務の執行につき故意になしたもので、その結果、原告は金一、五〇〇万円の損害を受けた。

(四)、よつて、原告は被告に対し右損害金一、五〇〇万円及びこれに対する右不法行為の日の翌日である昭和五一年八月二八日より完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

(主位的請求原因に対する認否)

(一)、請求原因(一)の事実を認める。

(二)、同(二)の事実を否認する。

被告に対し金一、五〇〇万円を無記名定期預金したのは訴外武林であつて、原告ではない。

(三)、同(三)の事実を認める。

(四)、同(四)の主張を争う。

(予備的請求原因に対する認否)

全部否認する。

訴外武林は原告より金一、五〇〇万円を不法に領得したものでなく、これを借用したものである。

三、抗弁

仮に、原、被告間に本件預金契約が成立したとしても、原告の預金債権は左のとおりすでに消滅した。

(一)、原告は右預金契約の成立した昭和五一年八月二七日、訴外武林に対し、同訴外人が同日被告より借受ける金一、五〇〇万円の債務の担保に右預金債権を提供することを承諾し、その手続一切をこれに一任した。

(二)、被告は、前同日、訴外武林の申出により、原告の右預金債権を担保として、同訴外人に金一、五〇〇万円を貸付けた。

(三)、しかるところ、訴外武林は右貸付金の返済をせず、同年九月二〇日、本件預金契約を解約して右借入金の返済をする旨申出たので、被告はその通り処理決済した。

(四)、よつて、原告の被告に対する本件預金債権はすでに消滅したので、被告は原告の請求には応ぜられない。

四、抗弁に対する認否

全部否認する。

第三、証拠(省略)

理由

(主位的請求について)

一、請求原因(一)の事実については当事者間に争いがない。

二、本件預金契約の成立、特に預金者について判断する。

証人表富夫、同宇野弘、同武林重明の各証言とこれによりそれぞれ真正に成立したものと認められる甲第一号証、第二号証の各一、二、乙第三号証及び原告本人尋問の結果を綜合すると、左の事実が認められる。

京都市内で金融業を営む原告は、昭和五一年八月ころ、かねて数千万円を融資していた訴外松枝茂夫(以下訴外松枝という)より、当該被告組合の組合長であつた訴外武林に融資方を依頼され、同月二六日、友人の訴外宇野弘(以下訴外宇野という)と共に石川県江沼郡山中町を訪ね、同所で右訴外松枝を介し、訴外武林と落合い、右融資につき話合つたこと、しかるところ、原告は訴外武林に対し金一、五〇〇万円を利息月五分の割合で融資し、これに対し同訴外人は額面を同額金とする約束手形を原告に提出し交付することとするが、右融資の形式は、原告が一たん被告組合に同額金を定期預金し、訴外武林においてこれを担保として被告組合より右金額を借入れるものとし、その手続一切を右訴外人に一任すること、かくして、翌二七日午後、原告がかねて北国銀行山中支店に送金していた金一、五〇〇万円を同支店より引出し、訴外武林、同松枝の先導で被告組合に赴いたが、同組合二階事務室には訴外宇野と同武林、同松枝が入り、原告は同階の別室に控えていたこと、そして原告より委任を受けた訴外宇野が、右事務室内に執務していた被告組合の会計担当の表参事の机の上に右現金一、五〇〇万円を差出し、同参事においてこれを受け取り勘定したこと、そこで訴外武林の指示もあり、右金一、五〇〇万円につき期間二ケ月(但し、自動継続)、利率年六・七パーセントとする無記名定期預金がなされ、同組合の預金台帳に番号三〇三九号として、右無記名定期預金が記入されたこと、またこれと前後して、訴外武林より原告に対し、本件預金証書の交付にかえ、定期証書預り証(甲第一号証)が交付されたが、これは同訴外人が原告の前記担保承諾により個人として本件預金証券を預るにつき作成交付したものであること。

以上の事実が認められ、右認定に反する右各供述部分は措信しない。

そもそも無記名定期預金において、格別の事情のない限り、原則として自らの出損により本人自らまたは代理人を通じて預金契約をなした者を預金者とみるべきであるところ、右認定事実に照らすと、原告は訴外宇野を代理人とし、被告組合の表参事との間に本件預金契約をなしたものであり、かつ、その預金一、五〇〇万円の出損者は原告であることが明らかであるから、本件無記名定期預金の預金者は原告であるといわねばならない。

証人表富夫の証言により真正に成立したと認められる乙第一、二号証中に右認定と異なる記載部分があるが、前記の本件預金契約の成立の経緯に徴し、到底これを肯認することができない。

三、以上により、原告は本件預金の債権者というべきであるところ、請求原因(三)の事実については当事者間に争いがないので、原告は被告に対し本件預金元利金一、五一六万九、〇〇五円の債権を有することとなる。

四、そこで、抗弁につき判断する。

原告において、訴外武林が前記の原告の預金債権を担保として被告より金一、五〇〇万円を借用することに同意し、その手続一切を右訴外人に一任したことは前認定のとおりであり、前掲乙第一、二号証(但し、本件定期預金の預金者が訴外武林であることを窺わせる記載部分を除く)によると、訴外武林が右約定により、昭和五一年八月二七日、被告に対し右預金債権を担保に供し、金一、五〇〇万円の貸付を受けたこと、しかしながらその後同年九月二〇日、被告において右債権回収のため右預金担保の実行として、本件預金契約を解約のうえ、同日、同訴外人の当座預金勘定を取崩し、担保貸付を清算したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうとすれば、原告の本件預金債権は右経緯によりすでに消滅して存在しないといわねばならないから、被告の抗弁は理由があるというべきである。

(予備的請求について)

原告の本訴予備的請求は、その主位的請求である原告の本件預金債権が成立しない場合に予備的に被告に対し損害賠償金を請求するものであるところ、すでにみた如く、原告の右預金債権の成立が肯認できるので、その他の点に触れるまでもなく、右請求は理由がない。

五、よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がなく失当として棄却すべきであるから、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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